大分地方裁判所 昭和40年(ヨ)189号 判決 1968年2月27日
申請人 菅田泰介 外四名
被申請人 小野田セメント株式会社
主文
申請人らがいずれも被申請人の従業員たる地位にあることを仮りに定める。
被申請人は、
(一) 申請人後藤一十郎に対し、昭和四〇年九月三日以降一ケ月金三五、七六〇円
(二) 同中津留照武に対し、昭和四一年一〇月一日以降一ケ月金五四、一一〇円
(三) 同佐藤正人に対し、昭和四一年一〇月一日以降一ケ月金三〇、七〇〇円
(四) 同足立靖彦に対し、昭和四二年五月七日以降一ケ月金四四、八四〇円
の各割合による金員を、いづれも既往の月分については一括して直ちに、その余の月分については一ケ月毎にその月の二五日限り、本案判決確定に至るまで仮りに支払え。
申請人後藤一十郎のその余の申請は却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者双方の求める裁判
(申請人)
(一) 主文第一及び第四項同旨。
(二) 被申請人は
(1) 申請人後藤一十郎に対し、昭和四〇年九月三日以降一ケ月につき金五〇、七六〇円
(2) 申請人中津留照武に対し、昭和四一年一〇月一日以降一ケ月につき金五四、一一〇円
(3) 申請人佐藤正人に対し、昭和四一年一〇月一日以降一ケ月につき金三〇、七〇〇円
(4) 申請人足立靖彦に対し、昭和四二年五月七日以降一ケ月につき金四四、八四〇円
の各金員を本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り仮に支払え。
(被申請人)
(一) 申請人らの申請を却下する。
(二) 申請費用は申請人の負担とする。
第二、申請の理由
一、被申請人はセメントの製造販売を業とする株式会社(以下会社と略称する)であり、申請人らは右会社の津久見工場において労務を提供してきた従業員であるが、会社は昭和四〇年九月三日申請人らを解雇したと称して右従業員たる地位を争う。
二、会社はその従業員に対し毎月二五日に賃金を支払い、菅田を除くその他の申請人らは右同日当時において別表賃金欄に各記載の金額による賃金を受領していたものであるが、同未払始期欄記載の日時から、右賃金を受領する権利あるに拘らず会社はこれが支払をなさない。なお、右始期については申請人中津留及び同佐藤は解雇当時は組合専従者であり右専従を解除された日時を、同足立は解雇当時大分県の県会議員であり会社を休職中であつたがその後の選挙に落選し右議員たる地位を失つたので会社との復職協定に従い会社にその復職を申出た日時をそれぞれ始期としたものである。
三、仮処分の必要性
(一) 申請人菅田を除くその余の申請人らは、会社から受ける賃金で生活する以外収入の途なく、申請人後藤は、津久見市議会議員として月額三〇、〇〇〇円の歳費を受領しているが各種控除により手取金一万数千円に過ぎず、これも議員としての活動費に全てあてられるので、従来から会社の賃金により生活していたものである。
(二) 被申請人会社には、その従業員で組織する小野田セメント労働組合(以下組合と略称する)があり、その下部組織として右会社の津久見工場の従業員を構成員とする組合津久見支部(以下支部と略称する)があるが、申請人菅田泰介は現在も組合支部の専従であり組合から専従給与を受給しているが、その任期は一年であり、且つ任期中の改選もありうるから、いつ専従をとかれ収入を断たれるかも知れない立場にある。
(三) 右のほか申請人らは会社の従業員として受ける各種社会保険の打切り、福利厚生施設等の利用ができず、社宅明渡もせまられている。更に申請人菅田は組合津久見支部の支部長、同後藤及び同中津留は同じく副支部長、同佐藤は同書記長及び同足立は特別執行委員である等いずれも組合支部の重要幹部であるが会社は申請人らが従業員でないことを理由に、団体交渉に出席することや職場点検、交渉のため津久見工場に入門すること等をしばしば妨害している。
(四) よつて申請人らは会社の従業員たる地位の確認の訴を提起すべく準備しているが、右の理由により本案の確定をまつていては、その間に申請人らに回復し難い損害を生ずる。
第三、答弁ならびに抗弁
一、答弁
(一) 申請の理由一及び二の事実は認める。
(二) 申請の理由三の事実のうち申請人後藤が津久見市議として月三〇、〇〇〇円の歳費を受領していること、同菅田が組合専従であることは認めるも、その余は争う。
二、抗弁―雇傭関係の終了
(一) 会社には、懲戒解雇に関する就業規則が存し(第五八条)、その懲戒解雇事由として勤務時間中に、ほかの社員に対して、暴行を加えまたは脅迫して、その業務を妨害した者(第五号)、犯罪行為があつて、その情状の重いもの(第八号)及び前各号に準ずるふつごうな行為があつた者(第九号)と規定されている。ところで会社は昭和四〇年九月三日申請人らに対し、左に掲記の事由をもつて右就業規則に定める懲戒解雇条項を適用して即時解雇する旨の意思表示をなし、同日三〇日分の賃金を提供したので、各申請人は同日付をもつて会社との労働契約は終了した。
(二) 懲戒解雇事由の一―いわゆる一人一通運動事件
(イ) 一人一通運動の企画、決定
組合支部は、昭和四〇年七月四日施行の参議院議員選挙に際し、同支部の運動の一環として同年六月二四日申請人ら外全ての支部執行委員出席のもとに支部執行委員会を開き、支部の幹部役員であつた申請人らが中心となつて企画した左の選挙運動方針案を上程し、全員の同意のもとにこれを可決した。同案の内容とするところは、右選挙に社会党から立候補していた永岡光治(全国区)、及び工藤良平(地方区)に当選を得しめる目的で、両候補に投票することを依頼する旨記載した法定外文書を、支部組合員をして少くとも各人一通ずつ作成、頒布せしめること(以下一人一通運動と略称する)を内容とするものであつた。
(ロ) 実行
申請人ら五名は右委員会後直ちに右決定に基き、同支部の幹部役員として自ら起案して作成した法定外文書の文案(モデル文書)、用紙及び封筒等を各組合員に配布し、自らの指導のもとに、同支部組合員総数八九〇名のうち三六〇名をして各人の親戚知人宛ての右法定外文書約四〇〇通を、一部は同組合員の就業時間中においても作成を督促したうえ作成せしめ、これを同支部執行部において取纒めて切手を貼付したうえ、その頃各名宛人に郵送したものである。
(ハ) 事件化
右選挙運動に対し津久見警察署は同年七月三日公職選挙法違反の疑いにより同支部事務所を捜索し、更に同日から同月末日までの間、会社津久見工場の従業員四五〇名及び前記文書の発送先四〇〇名中三五〇名が同署員の取調べを受けるに至つた。右従業員の一部は就業時間中にも拘らず取調べのため職場を離れざるを得なかつた。その後同年八月九日後藤を除くその他の申請人らは送検され、更に同年九月三〇日申請人菅田、同中津留及び同佐藤は右のように法定外文書を郵送により頒布した事実について公職選挙法第二四三条第三号、第一四二条第一項第二号違反として公訴を提起せられた。
以上の事実経過は同年七月四日及び八月九日付の大分合同新聞に報道された。
(ニ) 就業規則の適用
申請人らの右行為は
(1) 公職選挙法第一四二条に違反する犯罪行為であつて、しかも各申請人はいずれも右違反の事実を熟知しながら、主導的立場において自ら企画し、且つ実行したほか、同支部の各組合員をして、右違反行為を指導して実行せしめたものであり、
(2) 形式犯であるにしても組織的、計画的な違反行為であつて、当時の世論の糾弾の対象とされていたきわめて悪質なものであり、
(3) 更に、会社津久見工場は大分県唯一の大企業として、その従業員の動向は県民の注目の的となつているところ、その従業員としての体面を汚す行為を組織的に行い、新聞にも掲載されることによつて会社の対外的信用並びに名誉を傷つけまた前示就業時間中の文書作成や、被取調等により会社の正常な業務の運営を阻害したほか、多数の会社の従業員に不安動揺を与えて、職場の秩序を乱した
ものとして申請人らは会社の前掲就業規則第五八条第五、第八及び第九の各号に定める懲戒解雇事由に該当する。
(三) 懲戒解雇事由の二―出荷阻止事件
(イ) 出荷阻止行為までの経緯、背景
(1) 会社の経営状況の悪化
我が国セメント業界は、昭和三八年頃からセメントの過剰生産、販売価格の低下によるセメント市況の悪化に伴い業界一般に業績不振を呈していた。被申請人会社も右にもれず、これに加え多額の借入金に対する利払の増大関連企業の業績不振の反映等被申請人会社固有の事情も存在し、三九年下期決算において一四億八千万円の赤字を出すに至つたので、会社はかかる緊急状態に対処するため諸経費の節減等会社業務の全領域にわたる緊急再建対策をたて幾多の努力を試みたが右不況の長期固定化のため欠損状態を脱却しえず、次の四〇年上期(自同年四月至九月)決算においても三四億円の赤字を出し、未処理累積赤字四八億三千万円にのぼりその頃会社はまさに重大な危機に瀕していたのである。
(2) 春斗要求と労使交渉の経緯
しかるに組合は右会社の状況を顧みることなく昭和四〇年二月二七日平均六、〇〇〇円の賃上げならびに四〇年度上期一時金八〇、〇〇〇円の春斗要求を会社に提出し、以来労使間において前述の会社の緊急再建対策案とともにこれを三〇回にわたり協議交渉を重ねたが、会社側は右交渉過程における組合側の争議行為によつて打撃を受け同年六月八日に至り組合に対し金二、〇〇〇円の賃上げを呈示したため右額で妥結をみるに至つた。しかし一時金に関しては、同業他社は一社を除いて全て解決しているに拘らず、組合はその要求を固執して譲らず、更に会社に対して同年七月一二日右一時金要求完徹のため「七月一五日、一六日に全面スト実施」の、同月一七日には「二一日、二二日に工場出荷部門のみのスト、二三日は全事業場の全面スト実施」の各通告をなし、これを実行した。
(3) 管理職による出荷計画
右のとおり争議が長期化して出荷が度々停止されるに及び、会社の赤字は増々累積する見込みとなり、また会社製品の全販売量の七割を依頼している会社のセメント販売店(特約店)からも当時の右不況を反映して不安動揺があるため、その突き上げを受けたほか、不況下の業界の激しい販売競争のため右販売店の離脱、乃至は販路の喪失などにより販売基盤を失い会社の破局を招来する虞れがあるため、これに対する自衛措置として同年七月二〇日、会社は同月二三日に管理職(各事業場の副課長以上)及び通常使用している下請業者を使用して、全工場においてバラ積による出荷を行う方針を決定し、組合に対してもこれを伝え右出荷を妨げないよう、もし阻止行為があつた場合にはその程度に応じ厳重処罰する旨を通告した。
本件津久見工場は二工場を有し、従業員八八〇名会社全体の生産量の三〇%を占める最大の工場であるが、右二三日は第一工場から五七〇トン、第二工場から一〇、五〇〇トンをいずれも船積出荷する予定であつた。そして同工場においては組合津久見支部の出荷阻止行為が予測されこれがあればあくまで管理職の同支部に対する説得によつて出荷の目的を達する方針を定めた。
(ロ) 出荷阻止行為
(1) 工場占拠
組合津久見支部は昭和四〇年七月二三日午前七時三〇分頃から午後四時頃までの長時間にわたり、会社の津久見工場(第一、第二工場)構内に侵入し、会社の再三にわたる退去要求を無視し、第一工場においてはセメントの貯蔵庫からの曳出し及び出荷設備のある第一包装所附近に約二〇〇名の組合員を集結させ、内一五〇名を右製品の曳出し装置などの始動、運転スイツチ(いわゆる現場スイツチ)のある同包装所包装室の建物内に坐り込ませ、約五〇名を本件出荷作業等の着手第一点たる包装、出荷装置を始動する電源スイツチならびに運転操作のスイツチなどを格納してある同包装所配電室の入口前に配置し、同室出入口の直前に二脚の木製長椅子を置いて同出入口を閉鎖して会社の占有を排除し、第二工場においては本件出荷のための主たる作業場であり、セメントの曳出し、出荷設備のある野島包装所包装室附近に約三〇〇名の組合員を集結させ、同室出入口附近に坐り込ませてその通路を閉鎖し、同室に入室しようとする管理職に対して、同室入口の手前二〇米の地点においてその進行を阻止し、もつて会社の同室の占有を排除してこれを占拠した。
(2) ピケツテイング
<1> 第一工場
右同日会社側管理職五名程度が出荷のため前後六回にわたり、第一包装所配電室に赴くや、組合同支部は前記木製長椅子に組合員一〇数名を、肩を寄せ合つて腰かけさせ、同室の出入口を閉鎖し、その前に三〇名ないし四〇名の組合員を三、四列横隊に集結させてピケ態勢をとり、右管理職がこれらピケ隊の説得に応ずることがないことが明白であるにも拘らず右態勢を解かず、もつて右管理職の同室へ出入することを不能ならしめてその出荷に着手させなかつた。特に同日午前一〇時三〇分頃、同出入口前の組合員が手薄になつたときに管理職の高良副課長が出荷設備始動のためその意思を表示して同配電室の出入口の錠を開けようとしたところ、同配電室附近の組合員を指揮していた牧同支部斗争委員が横から飛び出して来て手で強固にこれを遮ぎり長椅子に腰かけていた他の組合員も直ちにその身体を密着させて右開錠を妨害した。
<2> 第二工場
会社側の管理職(最多数のときで七名)が出荷のため前後四回にわたり第二工場野島包装所包装室に赴くや、組合同支部は社外応援団体三〇名を含む三〇〇名の集団をもつて、管理職が右包装室に近寄るのを妨害し、これらに対して「スキヤツブだ、不法行為だ」「組合員は非常に興奮しているからこれ以上近付いたら如何なる事態が起るかわからない」等の脅迫的言辞を弄し、更には「やつてみますか」など挑戦的な気勢を示して管理職を威圧し、これらが組合側の説得に応ずる意思はなく、あくまで出荷をする構えであることを十分知つていながら敢て右阻止態勢を解かず本件出荷を不能ならしめたものである。特に午前一一時過頃右包装室入口前二〇米の地点において管理職六名が同支部斗争委員と出荷につき交渉しているとき、附近にいた組合員約一五〇名は四、五列の隊列を組み、約一〇分間にわたり笛を吹き、ワツシヨイの掛声をかけて右交渉地点に向つてデモをかけ、更に交渉中の管理職らの周囲に円陣をつくつて駈けまわりながら次第にその輪を縮めついには一、二の管理職の身体に当るなどしてこれらを威怖させ、もつて出荷を断念せしめた。
<3> 当日における被申請人会社の津久見以外の他の七工場については、会社側の説得に応じて当初の予定どおりの出荷をなしたのが大部分であり、一部の作業のみしか完了しなかつた工場もあつたが、組合側により出荷を完全に阻止されたのは津久見工場のみであつた。会社側は組合同支部に対して他工場の右状況等を説明して説得したが、同支部はこれにも応ぜず、更にまた度重なる説得に拘らず同支部がこれを受け入れようとしないため、当日午後二時三〇分頃労使間の問題処理の協議機関として同工場に設置されている工場協議会を開催してこの場で話合をして本件出荷の問題を解決するほかなしと判断し、同支部に右開催を申し出でたが、同支部は同四時頃これをも拒否する旨回答するなどして右ピケの状態を継続した。
(ハ) 本件出荷阻止行為の違法性
右に述べた組合津久見支部による出荷阻止行為は、工場内への侵入、不退去並びに工場占拠の点に関してはいずれも正当な争議行為の範囲を逸脱し、刑法における建造物侵入、不退去罪ならびに威力業務妨害罪に該当する違法な行為であり、会社側管理職に対するピケツテイングによる出荷妨害の点については、適法なピケとして許容される平和的説得の範囲を著しく超えて威力をもつて出荷を妨害したものとして刑法の威力業務妨害罪に該当する違法なピケである。支部の右のような違法行為により会社の正常な業務の運営は完全に阻害され、多大の損害を蒙つた。
(ニ) 本件出荷阻止における申請人らの行動及び役割
申請人らはいずれも組合津久見支部の役員であり、本件争議につき組合本部に設置された拡大中央斗争委員会委員あるいは津久見支部斗争委員会(以下支斗委と略称する)委員となり、前段(ロ)に述べた争議行為を企画立案し、次のとおり指導実践した。
(1) 申請人菅田泰介
組合本部の拡大中央斗争委員会の委員として組合東京本部に駐在してはいたが、津久見支部の支部長たる立場において同支部に対してピケによる出荷阻止を指令し、たえず同支部との間に電話連絡をとつて他の申請人らと共謀して本件出荷阻止の具体的企画、決定に参画し、且つこれを指導していたものである。特に工場協議会開催の申入に対しその拒否を指示して本件出荷阻止を完遂せしめた。
(2) 申請人中津留照武
同支部の副支部長であり、本件争議における支斗委の委員長として支部組合員全般を指揮掌握するとともに、第二工場の説得員として同工場のピケ隊員を指揮して前記第二工場における出荷作業を妨害した。
(3) 申請人後藤一十郎
同支部の副支部長であり、支斗委の副委員長として第一工場の説得員の役割を分担し、同工場のピケ隊員を指揮して前記第一工場における出荷行為を妨害したものである。
(4) 申請人佐藤正人
同支部の書記長であり、支斗委の副委員長として、後藤とともに第一工場の説得員の任務を分担し同工場のピケ隊員を指揮してその出荷を妨害した。
(5) 申請人足立靖彦
同支部の特別執行委員として執行委員と同様の権限を有しており、本件争議に際しては支斗委員となり且つ第二工場の説得員として中津留とともに同工場のピケ隊員を指揮掌握して第二工場における出荷を妨害したものである。
(ホ) 就業規則の適用
以上のとおり申請人らはいずれも組合幹部として前示の違法な争議行為を企画遂行したのであるから、就業規則第五八条第五号「勤務時間中にほかの社員に対して暴行を加えまたは脅迫してその業務を妨害した者」同条第八号(前記のとおり)及び第九号「前各号に準ずるふつごうな行為あつた者」に該当する者であることは明らかである。
第四、抗弁に対する答弁ならびに再抗弁
一、答弁
(一) 解雇の意思表示について
会社が申請人らに対し懲戒解雇の意思表示ならびに予告手当を提供した点は認める。
しかし、本件解雇の意思表示は次段以下に述べるとおり、就業規則に定めた懲戒解雇事由に該当する事実なくなされたものであるから、その効力は生じていない。従つて会社と申請人らとの間にはその労働契約関係は終了していない。
(二) いわゆる一人一通運動について
(イ) 本件の手紙が法定外文書であること、就業時間中に手紙の督促、作成をさせたこと、申請人らが企画立案したこと及び申請人足立及び同後藤が右執行委員会に出席した点は否認する。被取調者の人数は不知。その余は認める。
右運動の企画、立案は申請人菅田の私案としてなしたものであり、また右委員会には申請人足立及び同後藤は出席していないし、他にもこれに関与した事実はない。
(ロ) 就業規則第五八条第八号には該当しない。即ち、
(1) 本件選挙運動は本来公職選挙法上許容されている信書活動による行動であり、各組合員の自由意思に基く行為であるから合法である。支部は右合法行為を単に助成したものに過ぎず、従つて公職選挙法に違反する犯罪行為ではない。
(2) 就業規則第五八条八号所定の「犯罪行為」とは確定判決によつて有罪とされた行為を指称するものであつて、懲戒解雇という極刑の適用にあたり右「犯罪行為」か否かの認定を会社の一方的判断に委ねる趣旨とは解されない。従つて申請人後藤及び同足立は起訴すらされておらず、他の申請人らは起訴後第一審係属中の段階にあるに過ぎないから、右「犯罪行為」に該当する事実は存在しないはずである。
仮に「犯罪行為」か否かの認定権が会社にあり、本件選挙運動が公職選挙法違反に該当する行為であるとの判断が相当であるとしても、右「犯罪行為」とは自然犯で且つ会社の秩序、生産性の維持と相容れない重大な行為を意味すると解釈すべきところ、選挙違反の如きは会社の秩序や生産性の問題とは無関係な行為であり、当初から右「犯罪行為」の対象の外にあるものとされていたものであるから、本件選挙運動が右「犯罪行為」に該当するはずがない。
(3) また仮に本件選挙運動が違法としても、右は形式犯であり、有罪としても罰金程度に過ぎず、右運動の採択に際しても十分な検討を重ね、適法と信じて決定したものであり、更に本件捜査開始後も、会社に被害なきよう万全の努力をしているのであつて、申請人らを会社の企業体から放逐するもやむない程その情状が悪質なものではない。従つてこの点からしても申請人らは就業規則第五八条八号に該当する者ではない。
(4) 本件選挙運動は会社の職場外で職務と何等の関係もなく、労働組合自体の活動としてなされたものであり、しかも事件を報道した新聞にも「組合」名義の記事となつているのである。従つて組合としての体面は汚されたにしろ、会社の従業員としての体面を汚したり、会社の対外的信用、名誉等を傷つけたものではない。
(5) 仮に就業時間中の文書作成、取調等により業務が阻害され、社内に不安動揺が起り職場の秩序を乱したとしても、それはきわめて軽微なものにすぎず、懲戒事由に相当するものではない。文書作成については支部はかかる就業時間中の督促、作成を指示した事実もないから申請人らに責任を負わせるは不当であるし、文書作成者も一、二名にすぎない。取調の件も支部は前述のとおり就業時間外に実施されるよう万全の準備をなし、この点につき警察と了解済であつたのに警察の方でこれを違えたものであり、更にまた右就業時間中の取調のため出頭する組合員は職場を離れる際、会社側の許可を得たのである。従つて申請人らはかかる厳しい責任を追及されるいわれはない。
(三) 出荷阻止事件について
(イ) 経緯、背景について
(1) 会社の経営状況の悪化について
その悪化の原因として主張する会社固有の原因については不知。その余は認める。
(2) 春斗要求と労使交渉について
一時金につき組合がその要求に固執した点は否認する。同業他社が一律に金六八、〇〇〇円で妥結したのに、会社のみが金五一、〇〇〇円の低額回答に終始したので妥結をみなかつたのである。その余の事実は認める。
(3) 出荷計画について
組合本部に対して出荷通告あつたこと及び津久見工場の規模、出荷予定等の事実は認めるが、その余は知らない。敢て管理職による強行出荷にまつ程の出荷の必要性はなかつた。
(ロ) 出荷阻止行為について
(1) 工場占拠について
同支部が第一工場の包装所包装室の建物内に組合員を坐り込ませたこと、同配電室入口を長椅子で閉鎖したこと及び第二工場野島包装所包装室の出入口附近に組合員を坐り込ませたことは否認するが、その余は認める。右各室を占拠した事実はなく、また長椅子の件についても一脚あつたにすぎず、これは附近にあつたものを当日暑かつたので配電室の庇の下に置いて休憩用に使用していたもので、これには三、四人しか腰掛けられないものであつた。
(2) ピケツテイングについて
<1> 第一工場に関する部分については全て否認する。高良副課長の件も、同人は出荷作業をする意思でなく、単に附近に待機中手持不沙汰のまま持つていた配電室の鍵が合うかどうか試してみようとしたにすぎず、牧委員も制止の言葉に伴う身振りとして手を上げたものである。
<2> 第二工場に関する部分については、交渉場面の周囲に組合員がデモリながら集つて来たことは認めるが、その余は否認する。右デモ交渉現場から離れたところにいた組合員が、右の交渉内容を傍聴するため社外オルグに指揮されて掛声をかけて右交渉現場まで駈けて来て交渉中の人達の周囲を一、二回まわつた後、組合側説得員の背後に半円を描いて立止り、続けられていた交渉を静かに聞いていたに過ぎず、会社側管理職の身体に触れるようなことはなかつた。
<3> 他工場の出荷状況については組合側により出荷を阻止された点は否認する。会社側がこの点を説明して組合側を説得した当時は他工場(八幡、恒見等)は組合側の阻止により未だ出荷がなされていなかつた。工場協議会については主張の事実は認めるが、右協議会開催の拒否は組合本部の指示に基くもので、これに従つて行動した支部の責任を追及するのは不当である。
(ハ) 本件出荷阻止行為の違法性について
本件出荷阻止に関する組合本部の各支部への指令は、所謂「平和的説得」ならびに「団結の示威」によるべしということであり、津久見支部においても右指示に従つた行動をとる方針をとつていた。尤もこれまで述べたように同支部においては説得員による説得行動のみを繰返して来たのであり、工場側も同様説得を唯一の手段として争議現場に臨んだものであり、現実に就労行為に移行したこともなく、説得と説得とのぶつかり合いがそこにみられたのみで、同支部において団結の示威をなすことも殆んどなく、終始静かな状況であつた。特に、津久見工場における管理職による本件出荷の就労は、本来出荷業務を固有の業務としている工場長、生産課課長、同副課長等を除き、その他の管理職に関しては所謂「代置労務」であり、これらに対してはスト破りとして組合側は実力阻止を行うことすら適法であるに拘らず、同支部は右のとおり一括して実力阻止をしない方針を貫いたものである。従つて同支部のとつたピケツテイングは正当な争議行為の範囲に属するものである。また、工場内への立入行為に関しても、この程度の行為は争議行為に際し当然許容せられるもので違法ではない。
(ニ) 申請人らの行動役割について
申請人らの津久見支部における地位、本件争議行為における支斗委としての地位ならびに争議行為実行における説得員としての分担、指揮等の事実は認める。申請人菅田に関しては、支部と電話連絡をなしたことは認めるがその余は否認する。組合本部の指令ないし決定を忠実に支部に伝達したまでである。
(ホ) 以上のとおり本件出荷阻止行為は正当な争議行為に属するもので、申請人らは被申請人主張の就業規則第五八条五号、八号、九号のいずれにも該当しない。
二、再抗弁
(一) 不当労働行為
仮に被申請人の主張する解雇事由が仮に存在するとしても、被申請人の本件解雇の真の意図は次に述べるとおり申請人らの活発な組合活動を嫌悪し、組合津久見支部の弱体化乃至は崩壊を目してなされたものである。従つて、本件解雇の意思表示は不当労働行為として無効である。
(イ) 申請人らの活発な組合活動の事実
申請人らは本件解雇当時及び現在においても前述のとおり組合津久見支部の幹部役員であるが、過去においても全て同支部の三役経験者である。就中、昭和二九年、申請人足立が同支部書記長に、同後藤が専従執行委員に選出されて後、右両名は連続して同支部三役の座を占め、これに続いて同菅田、同中津留が支部執行委員として抬頭してきて、昭和三三年になると右申請人らによる同支部の指導体勢が確立したのである。そして労使協調的な組合活動方針をとつていた従来の同支部を次第に戦斗力ある支部へと変革せしめる等の指導をなした。右指導によつて同支部は組合における最大の支部たることと相俟つて、組合内における発言力を強め、組合内部において厳しい会社対立路線をとる九州三支部(津久見、八幡、恒見)の中心的、指導的存在となつたのである。申請人佐藤は右指導体勢を踏襲する青年層の代表者たる立場にある。右の強行路線は前示の昭和四〇年の春斗における賃上げ妥結に際しても同支部は後述の合理化反対斗争推進のためその妥結に強く反対したことにも現われている。
(ロ) 不当労働行為意思
(1) 本件解雇の真の意図
<1> 被申請人が申請人らを嫌悪していた事実
津久見支部の前示強硬路線につき会社は従来からこれを敵視し、同支部を破壊的、暴力的、挑戦的な集団と評価するなど同支部に対して極めて偏見を有しており、特にその中心的存在たる申請人らを嫌悪していたものである。更に昭和四〇年春、津久見市において工場設置奨励条例制定の動きがあり、その内容とするところは、いわば小野田セメント株式会社それ自体の利益に奉仕するが如き条例である反面、同市住民の利益に反するものであるため、津久見地区労働組合評議会は同条例撤廃斗争を展開したのであるが、同支部は右地区労の主要傘下組合として右斗争に重要な役割を演じ、赤字に苦しむ会社に少なからず衝撃を与えたのである。会社は同支部の右行為を許し難いものとして受け取つていたものである。
<2> 組合弱化対策
本件解雇における被申請人の真の意図は合理化対策(被申請人のいう前示緊急再建対策)推進のための組合弱体化にある。即ち、被申請人主張のとおり会社の赤字累積、経営状況悪化の打開再建のため、会社は昭和四〇年度において大規模な合理化対策を遂行せんとしていたのであるが、右対策の骨子とするのは右打開のため何等の効果もない労務対策であり、同年秋に労働者の大量解雇を企画する等労働者に多大の犠牲を負わせるものであつた。右合理化案の遂行に対しては当然のことながら組合の抵抗が予測されるところであるため、会社としては組合の団結力を弱体化し、その抵抗を最少にとどめ合理化案の遂行を全からしめたいところであつた。そのために最も効果的なのは、最大支部であり、且つ強硬路線の先頭に立つ津久見支部を弱体化することである。仮に右支部を放置せんか前述の賃上げ斗争におけると同様、同支部は組合全体を合理化対策反対の強硬路線に誘導してこれを推進する力となることが明らかだからである。右のことは次段<2>に述べる事実からも窺われることである。
(2) 被申請人の不当労働行為例
<1> 第二組合結成の助成と支部の切崩し
被申請人が組合に対し本件解雇の申入れがなされたその四日後にあたる昭和四〇年八月二〇日、まさに右解雇に呼応するかの如く、津久見支部に第二組合(現在の小野田新労働組合)が結成された。その発起人及び選出された役員の殆んどが組合員資格ある職制(正、副係長、正、副班長)によつて占められており、その結成大会も、就業時間中である午後三時三〇分頃から約二〇〇名の従業員がこれに参加し、管理職ならびに管理職の要請に基き入門したものと思われる警察官のパトロールに庇護されて開催されたものである。右のとおり第二組合はその結成の時期、発起人、役員、等の構成からみても旧組合支部の弱体化の意図で会社と結合された不純な関係を推測せしめるに十分である。会社はかかる同支部の動揺している時期をねらいこれを分裂せしめ、第二組合を援助してこれに多数の従業員を加入させることによつて同支部を組合内において孤立させ、その力を減殺せんとする意図を有し、これを実行したことは明らかである。
右第二組合が結成された後においても、第二組合に属する職制や管理職によつて同支部組合員に対して第二組合に加入の勧誘が時間(就業時間中は勿論)、場所等に関係なく、職場における業務上の上下関係や、後に予定されていた指名解雇の際における利益誘導等を利用して頻繁になされ、これにより同支部組合員の職場における不安動揺は著しいものがあつた。
<2> 団交拒否と申請人らの工場立入禁止
会社は本件解雇の後は前述のとおり同支部の役員たる申請人らがその従業員でないことを理由に、申請人らが同支部代表として要求する団体交渉を拒否し、更には申請人らの職場点検のための工場立入を禁止する等の手段に出た。このことは申請人ら同支部幹部を無視することによつて同支部組合員と右同支部役員たる申請人らとを分断し、ひいては同支部を弱体化することによつて第二組合の拡大を企てたものである。
<3> 支部組合員の差別取扱
昭和四〇年一一月一三日には津久見工場において大量の人事移動がなされたが、これに際し同支部組合員の多数が極めて不利益な配置転換をさせられた。更に昭和四一年初めにおける人事移動に際して一四名の昇格者があつたが、その全員が第二組合員で占められ、同支部組合員にも右昇格につき多数の有資格者がいたにも拘らずこれを無視された。右の報復的人事によつて同支部組合の組合員たることが如何に不利益であるかが明らかにされたため同支部より脱落し第二組合に走るものが続出した。
<4> 指名解雇における差別取扱
会社は前示の緊急再建対策の一環として八〇〇名の希望退職者を募集したところ、七一二名の応募者があつた。本来従業員の縮少による右再建対策はその効少きものであつたのであるが、それでも兎に角右希望退職の目標の大部分は達成したに拘らず、更に昭和四〇年一二月多数の指名解雇にも踏切つたのである。会社は右指名解雇の解雇基準として定めたもののうちきわめて抽象的、主観的基準を適用して当時二〇〇名にも減少していた津久見支部の組合員中六八名(被指名解雇者は会社全体で七一名)もの多数を指名解雇し、組合員数五〇〇名に達していた第二組合については皆無というひどさであつた。特に右指名解雇者は若い組合活動家に集中された。右指名解雇の意図は対外的には営業政策失敗に対して金融機関等に対する申訳、会社再建の姿勢を示すことのためであり、そのためにかねて嫌悪していた津久見支部をその犠牲として選び、右に便乗して同支部を一挙に崩壊せんとすることにあつた。
(3) 本件解雇と矛盾する事実
<1> 選挙違反事件について
会社は右解雇事由として就業時間中の文書作成、取調ならびに取調に伴う社内の不安動揺を問題にするが、第二組合の結成大会が就業時間中になされたことは前述のとおりであり、また職制及び管理職によつてなされた支部組合員の切崩し、第二組合への勧誘が就業時間中職場内で頻繁になされ、職場内に大きな不安動揺をもたらした事実等について、会社はこれを問題にしたこともなく、懲戒権の行使をした事実も勿論ない。
<2> 出荷阻止事件について
本件出荷阻止事件と同日同様に他工場でも出荷阻止行動がなされ、特に恒見、八幡の両工場においても強固な阻止行為にあい、同工場においてはシツト・ダウンすらなされ、遂に当日の出荷は阻止された結果に終つたし、更に昭和四一年春斗における小野田支部における争議に際しても、本件と同様の出荷阻止手段がとられたに拘らず会社は右のいずれも懲戒権を行使した事実はない。
(二) 解雇権の濫用
また仮に被申請人が懲戒解雇事由として主張する事実があつたにしても、右事実をもつて、労働者には死刑にも等しい懲戒解雇処分をもつて臨むのは、次の事実との勘案上解雇権の濫用である。
即ち、
(イ) 選挙違反事件について
本事件における申請人らの行動は、支部執行委員会において討議検討され、適法な選挙運動であるとの判断のもとに決議可決された方針を実行に移したにすぎず、申請人らはその適法を信じてなした行動であるから、そこに違法性の意識もない。仮に違法であるとしても、文書違反としての単なる形式犯であり、しかも合法違法の限界にある行為であつて違法性も軽微であり、有罪としても罰金刑にとどまる程度のものである。更に申請人らは本件につき捜査開始後において、前示のとおり会社の業務を阻害しないよう取調につき万全の処置を講じたし、従業員の社内における不安動揺も軽微なもので殆んど作業に影響を及ぼしていない。
(ロ) 出荷阻止事件について
本件に関する津久見支部の行動は組合本部が指令したピケの型態、工場立入を基本として、右指令の範囲内で、適法な行為との確信のもとになしたものである。このことは他支部の行動についてと何等異るところがない。しかるに組合本部ならびに他支部に対してはなんらの懲戒処分もなされておらず、全く恣意的な懲戒権の発動といわざるを得ない。
仮に津久見支部の行動の一部に右本部指令の範囲を超える行動がみられたとしても、それは部分的、極所的なものであつて、同支部も予測しない行動であり、この行動をもつて、本件争議行為全体が本部指令を逸脱した違法な行為として評価するのは不当である。特に右現象の一たる渦巻デモの件(抗弁(三)、(ロ)、(2)、<2>の後段部分)は支援団体の一員の指揮に基く行動であり、申請人らの関与しないことがらであるし、配電室前の高良副課長に対する阻止行動の件も牧支部執行委員によつてなされ、且つ当時は同人のみが同室附近のピケ隊員を指揮していたのであり、申請人らは関与しない行動である。しかも右牧に対しては何らの懲戒処分もなされていない。
更にまた本件出荷はその必要性なきものであつたのであり、申請人らにより出荷が阻止されたものとしても会社には損害は生じておらず、また違法な争議行為としてもそれはピケの正当性の限界に存する態様によるもので、その不当性は極めて微弱なものである。
第五、再抗弁に対する答弁
(一) 不当労働行為について
否認する。会社は抗弁において主張のとおり申請人らが就業規則所定の懲戒解雇規定に該当する者であつたのでこれを適用して解雇したものであり、不当労働行為の意図はない。
(二) 解雇権の濫用について
否認する。
第六、証拠関係<省略>
理由
第一、雇傭関係の成立並びに賃金額
申請の理由一、二の点は当事者間に争いはない。
第二、雇傭関係終了の主張に対する判断
被申請人が申請人らに対し、いわゆる「一人一通運動」による公職選挙法違反行為、及び昭和四〇年七月二三日組合幹部として出荷阻止行為を指導したことが、いずれも被申請人会社の就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして右規則を適用して同年九月三日懲戒解雇する旨の意思表示をなすとともに、同日各申請人に対して三〇日分の予告手当を提供した事実については当事者間に争いがない。そこで被申請人が主張する右懲戒解雇事由の存否につき判断する。
(一) いわゆる「一人一通運動」について、
(イ) 被申請人会社の従業員で組織されている小野田セメント労働組合(以下組合と略称する)の下部組織で、同会社津久見工場の従業員で構成する同組合津久見支部(以下支部と略称する。申請人菅田はその支部長、同後藤及び中津留は副支部長、同佐藤は書記長、同足立は特別執行委員の肩書である。)が昭和四〇年七月四日施行の参議院議員選挙に際し、かねて支持を決めていた、社会党から立候補していた永岡光治(全国区)及び工藤良平(地方区)支援の選挙運動を展開するため、同年六月二四日、同支部執行委員会を開き、右候補に投票を依頼する旨の手紙を支部組合員に各人一通ずつ作成させてこれを郵送することを内容とする運動方針案を採択したこと、支部執行部は右委員会後着ちに自ら作成した右手紙のモデル文書、便箋及び封筒を各組合員に配布し、その指導のもとに同支部組合員総数約八九〇名のうち三六〇名の組合員をして各人の親戚、知人宛の手紙約四〇〇通を作成させ、これらを同執行部で取纒め切手を貼付したうえ各名宛人に郵送したこと、津久見警察署は右選挙運動が公職選挙法違反の疑いがあるとして同年七月三日同支部事務所等を捜索し、更に同月から同月末日までの間、同支部組合員及び右手紙の名宛人の相当数が右警察署員から取調を受けたが、右従業員の中にはその勤務時間中の出頭を余儀無くされた者もあること、同年八月九日申請人後藤を除く他の四名の申請人らを含め、同支部執行委員全員が送検せられ、同年九月三〇日に至り申請人菅田同中津留及び同佐藤の三名が公職選挙法第一四二条違反で公訴提起されたこと、ならびに右選挙運動に関する捜査ならびにその経緯が同年七月四日及び八月九日にそれぞれ大分合同新聞に報道されたものであること、以上の各事実については当事者間に争いがない。
(ロ) 更に成立に争いのない乙第一七号証の一及び二、第二一号証、証人竹田文男(第二回)、同前島茂夫、同小野英、同山本一喜、同山崎稔、同川野敏和の各証言ならびに申請人菅田泰介(第二回)、同中津留照武(第二回)、同後藤一十郎(第二回)及び同足立靖彦(第二回)の各本人尋問(いずれも後記措信しない部分を除く)の結果を綜合すれば、(1)右支部は昭和三九年一一月一二日の支部定期大会において、本件選挙に際し社会党支援の運動を行うことを決定し昭和四〇年四月頃から右選挙情報を流すなどの活動をしていたが、いよいよ投票日も近ずくにつれ、右工藤候補の状勢がよくないため、支部としても右劣勢挽回のための何んらかの手を打つ必要に迫られていたこと、(2)支部の所在地たる津久見地区の社会党支援の右選挙運動の母体として津久見地区労働評議会(委員長申請人菅田)が中心となり、津久見地区綜合選対会議を組織し、申請人菅田及び同足立が同会議の責任者となり、この下部組織として同地区を細分した各地域にそれぞれ居住区責任者を配置して、当該各居住区の選挙対策会議を開催させていたのであるが、申請人後藤及び同中津留が右居住区責任者となるなど右選挙対策に関しては同地区労内の最大の組合組織である支部がその主体をなし、右選挙公示後は右の各申請人らが中心となつて居住者会議を開くなどして組合外においても選挙運動を展開していたこと、特に足立は社会党津久見支部の支部長であり、本件選挙当時は津久見地区をも含む大分県南地区の右選挙に関する総括責任者をも兼ねているほか、支部においては前示特別執行委員であるとともに支部の財政を担当しており、同後藤は津久見市の市会議員(社会党)であつたこと、(3)、申請人菅田は前記執行委員会開催日の前日、同中津留及び同佐藤に対し右執行委員会に「一人一通運動」案を提案することを相談し、その同意を得たこと、(4)、同執行委員会は当日の一三時に開催され、一応全執行委員の出席をみたが、そのうち申請人足立及び他の執行委員一名は二〇分前後右時刻に遅れてこれに出席し、申請人後藤及び他の執行委員中一名が右執行委員会が終了する以前の一四時過頃に退席したこと、右執行委員会においては本件選挙運動に関する議題以外にも二、三の案件が審議されたのであるが、申請人足立及び同後藤は「一人一通運動」案については少くともその審議には参加しているものであること、(5)、右委員会終了後申請人菅田、同中津留及び同佐藤の三名は支部事務所において右運動の具体的実行方法を打合せ、直ちに菅田において前示モデル文書の原稿を作成するなど必要な準備を整える一方、翌二五、二六日の両日、支部組合員の全員集会を開き、菅田及び足立において同組合員に対し「一人一通運動」の説明ならびに協力がたを要請する呼びかけを行つたこと、(6)右運動の実行、即ち便箋、封筒、モデル文書等の配布、手紙の作成督促、回収等は執行部の三役を中心として執行委員及び職場委員等がこれにあたつたが、後藤も勿論自己の所属する職場で右実行を分担して行つたものであることが認められる。右認定事実によれば申請人らはいずれも支部の幹部役員として右「一人一通運動」の企画、実行に関与しているものであることを推認することが出来る。申請人菅田、同後藤及び同足立(いずれも第二回)の供述中右認定に反する部分は前掲爾余の証拠に照し信用し難く、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。
(ハ) そこで先ず右「一人一通運動」をなした申請人らが、被申請人主張の就業規則第五八条第八号に懲戒解雇事由として定めた「犯罪行為があつてその情状の重い者」に該当するか否かにつき判断する。
思うに、企業は生産に向けられた一の組織体であるから、その企業経営の円滑な遂行ないしは生産性の維持向上を期するため、右組織体としての企業経営の秩序維持が要求せられる。一方労働者は使用者と雇傭契約を締結することによつて右企業秩序の中に位置づけられる。従つて、企業の総括者たる使用者は右企業秩序維持のために、職場内において該従業員に対する服務上の指揮命令権を有し、これが適切に実現せられることを確保しなければならず、右指揮権の発動として該従業員に対する懲戒権の行使が是認せられるわけであり、また右に即応してその限界も自から画されることになる。ことに右懲戒方法として懲戒解雇をなしうる場合としては、それが労働者の生活の基盤を覆し、物心両面に重大な影響を及ぼす処分であることに鑑みても、その対象とされた行為が企業秩序に対する著しい障害行為であるかあるいは該従業員を企業内から終局的に排除しなければ将来にわたり右企業秩序に対する侵害がくり返され、経営の円滑な遂行が阻害される虞れある程度のものに限られると解するのが相当である。従つて懲戒解雇に関する就業規則の条項の解釈についても懲戒解雇に内在する前示制約を考慮して解釈すべきである。
ところで、成立に争いのない乙第三号証の二の会社の就業規則によれば、同第五六条には懲戒の種類として「けん責」「出勤停止」「降格」「諭旨解雇」及び「懲戒解雇」の五者が定められ、同第五八条は「諭旨解雇」及び「懲戒解雇」をなす場合を定め、情状によつては「降格」、「出勤停止」または「けん責」に止めることがある旨の但書を置き、同条第八号に「犯罪行為があつて、その情状の重い者」と定めていることが認められる。右の規定の仕方ならびに前述した懲戒権の本質からみても、右にいう「犯罪行為」とはいかなる犯罪行為をもこれに該当するものと解すべきでもないし、「その情状の重き」ことも単に社会通念や法定刑の軽重を指称するものではないこと勿論である。要するに右は犯罪行為のうち客観的にみて企業の秩序維持乃至は生産性の維持向上に相反するものであつて、もはや当該労働者を企業内に留めることが社会通念上期待しえないような行為を意味すると解すべきである。職場内で行われた犯罪行為については、右職場の業務阻害、秩序破壊に直截に結びつき容易にそれを認識することは出来ようが、かかる場合のみならず、該従業員の私生活の中で行われた犯罪行為についても、かかる従業員を企業内に有することによつて企業としての対外的信用などを著しく毀損し、ひいては取引上の阻害をもたらすなど企業の生産性の向上に背反する結果を生ずるような種類の犯罪行為の場合も包含するものと解する。また右「犯罪行為」について必ずしもそれにつき確定判決ないしは一審における有罪判決の存在する場合に限定する必要はない。何故なら、使用者は企業秩序維持のために懲戒権を行使するものであること前示のとおりであり、一つの「犯罪行為」もかかる独自の価値基準から評価せられるものであつて、これとは別個の目的機能をもつて刑事責任を追及する刑事手続の動向を見極め、その結果有罪とされることをまつて始めて使用者において懲戒権を行使しなければならないとまで解する必要はない。このことは捜査官に起訴便宜主義の下にある程度の裁量権が附与されている事実からも容易に首肯しうるところである。
飜つて本件をみるに、申請人らの前記認定事実のとおりの行為がたとえ公職選挙法第一四二条の文書図画頒布の規定に違反する犯罪行為たることの前提に立つても、申請人らの右行為は労働組合の政治活動の一環としてなされたもので、その従業員としての職務とは無関係であり、また被申請人会社の企業にも直接関係する行為でもないのであるから、これをもつて直ちに客観的に被申請人会社の企業秩序乃至は生産性の侵害に帰納せしめることはできないと解される。
そこで、先ず右侵害を正常な業務の運営阻害の側面から判断してみるに、(1)、証人竹田文男(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証の三、同証言、証人前島茂夫、同菊池央及び同小野英の各証言によれば、申請人後藤ら執行委員の一部がその組合員に対し、前示手紙の作成を勤務時間中に督促していた事実ならびに組合員の中には二、三、勤務時間中に右手紙を作成した者もあつた事実が認められるし、(2)、また、申請人中津留照武(第二回)の本人尋問の結果及びその証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号証、証人竹田文男(第二回)、同菊池央、同前島茂夫の各証言ならびに申請人足立靖彦の本人尋問の結果によれば、本件について警察の捜査が開始された後、被申請人会社の津久見工場従業員四五〇名が一人につき約三〇分から二時間にわたり警察の取調を受けたこと、右取調に際し、支部の方では当時県会議員でもあつた申請人足立をとおし、予め警察との間に組合員がその勤務時間中に取調べのため出頭しなければならないようなことがないよう支部執行部において取調べ予定の組合員全員について、この出頭につきスケジユールをたて、これに従つて取調をなすよう打合せ、その了解を得たうえその旨各組合員にも指示していたこと、しかし警察の方では右割振りにも拘らず約二〇名についてはなおその勤務時間中の出頭を求めたため、該組合員は所属部署の上司に申出で所定の外出許可手続をとり、工場側の許可を得たうえで警察に出頭したこと及び右取調のため組合員のうち若干不安を感じたものも出たり、また職場内の話題ともなつたこと等の事実が認められるところ、右各事実は会社従業員がその勤務時間中になした行為でありまた、職場離脱であるから、一応会社の業務の円滑な遂行を阻害したものとの推測が可能であるが、(1)の点については、該掲記の各証拠に申請人菅田泰介(第二回)及び同後藤一十郎(第二回)の各本人尋問の結果を合せ判断してみると、手紙作成の督促は極めて軽微な、一挙手一投足の行為であり且つわずかな時間であつたに過ぎず、しかも人数についても全作成者に比すればとるに足りない程度のものであること、しかも勤務時間中に文書作成をすることは支部執行部の要請外のことであつて、同執行部はむしろ余暇を利用して作成すべきことを呼びかけていたことが認められるのであつて、前掲の事実をもつてしては未だ業務の正常な運営を阻害されたということはできない。(2)の事実についも勤務時間中取調に出頭した組合員の数も約二〇名程度で、それほど多いという程ではなく、しかも、本件捜査はいずれの組合員についても任意捜査として行われ、刑事手続上被取調者の出頭に強制力を伴うものでないに拘らずその従業員が勤務時間中取調を受けるため任意出頭するのに外出を申出たのに対し、工場側においてこれに許可を与えたのであるから会社の業務にさして支障は生じないとの判断に立つたものと推認することが可能であるし、更に一部従業員調取のための出頭に伴う不安、動揺ないしは職場における私語の充満によつて具体的に如何なる業務上の支障をもたらしたかについては右認定事実では未だ十分明確でないし、その他にこれを認めるに足りる疎明はない。しかも、右認定のとおり申請人ら支部執行部は右取調によつて会社の業務運営に支障を来たすことなきよう一応十分な措置を講じており、かかる申請人らの態度からみても、たとえその業務運営ひいては生産性の維持向上に多少なりとも背反する結果が生じていたとしても、申請人らを会社から終局的に排除しなければ将来にわたり企業秩序の維持が困難となるほどのものと解することは出来ない。以上のほか、被申請人会社の業務の正常な運営が阻害されたことを認めるに足りる客観的事実の疎明はない。
次に被申請人会社の対外的信用ないし名誉の侵害の側面から判断するに、成立に争いのない甲第二八号証の一ないし三、同三三号証の一ないし五、乙五号証の一ないし二九、証人竹田文男(第二回)及び同小野英の各証言によれば、本件手紙の名宛人も相当数警察等の取調を受けたこと、本件選挙運動の捜査の経過は大分県下の最大の地方紙たる大分合同新聞に小野田セメント労組津久見支部の名をもつて報道されたこと、右報道は本件選挙の投票日の朝及び一日後になされたが、当時いわゆる明正選挙がさけばれ、選挙違反に対する社会の関心が平常よりも比較的高まつていた時期でもあること及び当時の捜査官の選挙違反取締方針も実質犯、形式犯のいずれについてもその組織的に行われたものに重点がおかれていたこと等の事実が認められ、これによつて被申請人会社自体の対外的信用名誉が傷つけられたのではないかとの疑がもたれるが、しかし他方前掲乙五号証の六及び一〇によれば特に形式犯については従来から世論の非難が比較的弱く、従つて捜査も厳格になされなかつたため、かかる事犯が増加したので、そのうち組織的なものについては厳しい捜査を行う方針を打出したものであり、犯罪一般からみても更に選挙犯罪からみてもそれほど社会通念上非難されていたものでもないことが窺われるし、更にまた前判示のとおり本件行為が会社ならびに申請人ら組合員の職場上の職務となんら関係なき行為であること及び公職選挙法第一四二条違反についての本件行為の形態、同条違反の罪質(取締法規違反であり、形式犯であること、同じ選挙犯罪たる買収罪等と異り懲役刑はなく、それほど破廉恥性ある犯罪行為でもないこと)などを綜合してみるとき、前記認定事実程度のものをもつては、社会一般の通念上被申請人の対外的信用ないし名誉が侵害せられ、ひいては取引上の不利益を招き、申請人らを会社から終局的に排除しなければならないほどの生産性の維持向上に背反する結果をもたらしたものと解するには未だ十分ではないし、その他現実に被申請人会社の対外的信用等が著しく侵害されたことを認めるに足る疎明はない。
以上にみたとおり申請人らの本件行為によつては未だ就業規則第五八条第八号所定の懲戒解雇条項を適用するに足りる程度の行為ありと解することは出来ない。
(ニ) また被申請人は、右選挙運動をなした申請人らは就業規則第五八条第五号及び第九号にも該当する旨主張する。しかし申請人らが右第五号の「勤務時間中にほかの社員に対して、暴行を加えまたは脅迫して、その業務を妨害した者」に該当するかについては、法廷に現われた全証拠のうちにはこの「一人一通」運動の立案、実施、並に事後において「暴行」がなされたことを認めるべき何ものもないし、「脅迫」についてもこれが具体的になされたことを認めうべき疎明がないから、右主張も理由なく、更に、右第九号の「前各号に準ずるふつごうな行為があつた者」に該当するかについては、かかる抽象的包括的懲戒条項も、前判示の懲戒権の本質による制約を内包するものであると解すべきこと当然であり、従つて、右にみたとおり申請人らの本件選挙運動が被申請人会社の企業経営の秩序に抵触しないものである以上、この点の主張も理由がない。
(ホ) よつて本件選挙運動に関してはその余の点につき判断するまでもなく結局は申請人らは、被申請人の指摘する就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する者ではないといわなければならない。
(二) 出荷阻止事件について
(イ) 争議の背景、経緯
前記当事者間に争いのない事実ならびに成立に争いのない乙第八号証の三、第九、第一〇号証の各一及び二、第一一号証、証人小川泰宏の証言に照し真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一ない三、証人西村茂人の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一及び二、証人安部成一、同小川泰宏、同渡辺秀雄及び同古瀬真琴の各証言を綜合すれば次の事実が認定できる。
昭和三八年頃から我が国のセメント市況は悪化し、セメント業界は軒並不況の波に洗われ、被申請人会社もその例外たりえず、昭和三九年下期決算においては一四億八千万円の赤字を出すに至り、会社再建が当面の緊急課題となつたので緊急再建対策案を立案し会社業務の全般にわたり対策を講じたがその効は上らず、依然欠損状態のまま昭和四〇年当初頃においては危機に瀕していたこと、かかる状況下にあつて組合は同年二月二七日いわゆる春斗の統一要求として平均六、〇〇〇円の賃上げならびに同年上期(夏期)一時金八〇、〇〇〇円の支給を会社側に呈示し、以後労使間において右の緊急対策案とともに、前後三〇回にわたり協議を重ね、その過程においては組合側が右要求案完徹のため同年四月一四日から五月七日にかけて三波にわたるストライキ及び超勤拒否等の争議行為に出たことにより賃上げについては同年六月八日金二、〇〇〇円で妥結をみるに至つたが、右一時金については、同業他社は殆んど解決をみていたのに被申請人会社は未だ妥結点に達せず、ついに組合は右一時金の完徹の目的のもとに再び争議行為に突入し、同年七月一五、一六の両日全面ストを、同月二一、二二日は出荷部門のストを実行したが、更に同月二三日にも全面ストを実施する旨の予告をなしていたこと、かかる数波に及ぶ長期のストは会社にとつては始めてのことであること、ところで会社のセメント製品の販売体制はその七割を会社との間に特約を結んだ販売店(特約店)に依存していたが、昭和四〇年上期は前示不況のためセメントの供給過剰で需要者の争奪が激しく、右販売店は需要者確保に強い努力を要請された時期であり、右確保のためにも、更には売掛金回収のためにも会社からセメント製品の供給が円滑になされることが必要であつたこと、しかるに前記のとおり会社は数波のストによる出荷停止によつて、右販売店の間には需要者に対する信用問題も起るなどかなりの動揺も生じており、会社に対して販売店返上あるいは代金決済の棚上げなどを要請する苦情が持ち込まれ、更には販売店の間から争議の早期解決を要請するなどの突き上げが行われたこと、特に同年七月頃は例年より永引いた梅雨がやつと明けてこれから需要が延びようとする時期で、市況もやや明るさを取戻しつつあつたいわば商機であつてこの機会を逃がしてはとの販売店の思惑もあつたこと、右のような事情もあつて、会社は旧来組合のストに際し、自ら出荷業務を行つたことはなかつたけれども、今回はこれ以上出荷を停止していては増々赤字が累積し、一層の経営悪化をもたらすばかりであり、この際は会社側自らの手によつてでも出荷する必要ありとの判断に立つて、同年七月二〇日ついに会社の管理職である非組合員及び通常出荷業務に使用している下請業者のみによつて全工場の出荷作業を行うこと(ちなみに本件労使間にはいわゆる「スキヤツブ協定」が存在する。)に決定し、右事項ならびに出荷妨害行為に対する厳重処分の方針を組合側に通告したが、組合は直ちにピケツテイングをもつてこれを阻止することを決めて、これを会社に予告したこと、津久見工場はそのセメントの生産量、従業員数等において会社最大の事業場であるが、右管理職らによる出荷についても同工場の第一、第二両工場を合せて一一、〇七〇トンの多量の出荷が予定されていたが、組合同支部も右組合本部の出荷阻止の方針にならい、右争議に備えて同工場の労使間において工場の設備機械等に関する保全協定を締結して当日に臨んだこと。
併しながら他方前掲乙第九号証の一、証人有田穣及び同古瀬真琴の各証言ならびに申請人菅田泰介の本人尋問の結果(第一回)によれば、右にみた被申請人会社の経営状況の悪化は、主としてその経営政策、特に過大な設備投資に基因するものであること、会社の前示緊急再建対策案における労務対策によると昭和四〇年度においては賃上げ零、同年上期一時金五〇、〇〇〇円という従来からみれば会社の従業員にとつてきわめて厳しい内容のものであり、一方組合側の前示春斗要求はセメント各社の労働組合の統一要求であり、これらの他社は賃上げにつき二、八〇〇円から三、〇〇〇円で一時金については平均六八、〇〇〇円で妥結していたが、被申請人会社は賃上二、〇〇〇円の妥結をみたけれども、一時金については同年七月二三日の争議に至るまで五二、〇〇〇円の呈示をなしたに留つたこともあつて当時まで妥結に至らなかつたこと、この日会社は、その販売店や一般需要者向けの出荷量が会社の全事業場(工場及びサービスステーシヨン)のうち最も多い東京サービス・ステーシヨンにおいても、やはりストライキが行われたにも拘らず会社側管理職等による強行出荷は当初から予定せず、且つ当日においても出荷しなかつたこと、津久見工場からの当日の出荷先は右東京サービス・ステーシヨン、松山サービス・ステーシヨン等で、全て会社の事業場ないしは関連会社向けを予定されていたこと等の事実を認めることができる。
以上の認定を覆すに立りる証拠はない。
(ロ) 出荷阻止行為
(1) 職場占拠
前記当事者間に争いのない事実ならびに成立に争いのない甲第二号証の二、乙第六号証の二、四及び五、証人鈴木喜一郎、同高良仁人、同片岡幹夫の各証言、申請人後藤一十郎(第一回)及び同足立靖彦(第一回)の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実が認められる。
前段認定の経緯により組合の全支部は昭和四〇年七月二三日午前七時から全工場その他の事業場において全面ストライキを実施し、会社側による出荷に対する阻止態勢をとつたが、津久見工場においても同様先ず下請業者の入門を阻止するため、当日早朝の五時頃から同工場正門に組合員を配置してこれに備えた。更に同工場の第一工場内には七時頃から第一包装所包装室に一五〇名の、同包装所配電室前に五〇名の各組合員を配置させた。右包装室は同室南側出入口附近にセメントの曳出し、送出し等の機械を動かすスイツチ(いわゆる「現場スイツチ」と称されるもの)のある配電盤があり、また、右配電室にはやはり出荷作業をなすためには必ず操作をしなければならない出荷の設備、機械を移動運転する電源スイツチ等を綜合設置した配電盤が格納されており、右の両室に立入らなければ第一工場における出荷作業は全く不可能な配置である。
ところで、右包装室の現場スイツチ附近に配置された組合員は、同室南側出入口附近から同室建屋内にかけて集結し、そこに腰をかけていた者も多数あつたが、しかし同出入口には扉その他出入につきなんの障害となるものも設置されておらず、床下はその出入口前の地面の延長というべき状態にあるし、その建屋の庇はかなり長いもので建屋の内と外とが歴然と区別しうるようなものでなく、全く開放的で自由に出入りができる構造で当日は真夏のしかも晴天の日中でもあり、かなりの暑さであつたので、同室建屋内はその附近の組合員が日影を求める格好の場所であつた。一方右配電室については当日同室出入口の扉は施錠せられ、その鍵は工場側が保管していたのであるが、同出入口扉前に長さ二米位、幅二、三〇糎、高さ五〇糎程度の木製のきわめて簡略な長椅子(いわゆるバンコと称するもの)が同扉を塞ぐような状態で置かれ、ここに時々四、五名の組合員が腰をかけていた(但し、これが何時の時点から置かれたか、その設置が支部の指示に基くものかの点についてはこれを明らかにする証拠はない)。次に第二工場内においても同様七時頃から同工場野島包装所包装室東南側出入口附近に二〇〇名余りの組合員が配置された。同室にはセメントの出荷作業用の機械設備等を運転操作し、出荷作業をコントロールする綜合制御盤が格納されており、同室に立入り、右制御盤を操作することは第二工場における出荷作業に不可欠のことがらであり、同室の出入は通常東南側出入口からなされ、同室の他の出入口が内側から施錠されるのに対し、同出入口のみが外側から施錠せられるもので、当時も右施錠がなされ、その鍵は工場側によつて保管されていた。ところで工場側の管理職らは当日朝七時三〇分頃から出荷のため第一、第二の両工場にそれぞれ赴いたのであるが、その際右組合員等を発見、直ちにこれらに対し工場構内より退去し、機械、構築物等の占拠を解除するよう申入れたが、支部は右占拠は合法であると主張してこれを拒絶し、以後再三右退去の申入れを受けたが同様拒絶し、同日一六時頃に至るまで右状態を継続した。
右認定を覆すに足りる証拠はない。なお被申請人は第一工場包装所包装室の建屋内及び第二工場野島包装所包装室前で組合員がいわゆる坐り込みをなしたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも前掲各証拠によれば前示のとおり当日は日射しが強く暑い日中であつたので各組合員は日陰を求めて配置された附近の建物等の影に腰をおろし一部は将棋をさし、あるいはラジオを聞くなどしていた事実は認められるが、これをもつては未だ右坐り込みと認定するには足りない。
(2) ピケツテイング
<1> 証人西村茂人、同鈴木喜一郎、同竹田文男(第一回)及び同古瀬真琴の各証言、申請人後藤一十郎(第一回)、同菅田泰介(第一回)及び同佐藤正人の各本人尋問の結果によれば、津久見工場の管理職は同年七月二一、二二日の両日、翌二三日の出荷対策を検討するため管理職会議を開き、予測された支部の出荷阻止に対する方針として、多数に少数でもあり、実力を行使してでも出荷をやろうとすればトラブルが起るだろうから、これを回避するためにもあくまで支部を説得するなどの話合によつて、その妨害を排除して出荷作業を実施することを決定したこと。組合(本部)は、出荷阻止行為をなすことは組合にとつて始めてのことであつたから、当時争議のため組合本部に設置されていた拡大中央斗争委員会(本部執行部執行委員及び各支部長で構成)において弁護士を招いて右出荷阻止対策を慎重に検討したうえ、右出荷阻止はピケツテイングをもつてこれに当る、右ピケツテイングは団結の示威を背景として出来る限り説得によつてこれを行う、ピケの具体的態様、場所、範囲等は各支部の決定に委ねる、各支部には紛争防止のため弁護士を配置する等の基本方針を決め、更に具体的戦術としてピケには説得班を設け、これとピケ隊とは常に一定の距離を置いて会社側と説得のための応待をする、会社側が説得を聞かないで実力行使に出たときはピケを解くこと、会社側の挑発にはのらないこと等を決定して、これを各支部に指令したこと、津久見支部も右指令に従い同月二二日、争議のため設置されていた支部斗争委員会において、当日のピケ隊の配置、説得班その他の分担などを決めて当日に備えたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
<2> 第一工場におけるピケ
証人鈴木喜一郎、同高良仁人、及び同渡辺尚憲の各証言、申請人後藤一十郎(第一回)及び同佐藤正人の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実が認められる。
当日出荷作業のため現場に来る予定であつた下請業者(三名)は、午前五時二〇分頃から第一工場正門前において、ここに配属されていた支部組合員の説得に従いその入門を断念した。そこで当日第一工場の出荷作業を分担した五名の管理職だけで午前七時三〇分頃右出荷のため第一包装所に赴いたのであるが、そのとき既に同所包装室の現場スイツチ附近に約一五〇名の組合員、配電室前には五〇名位の組合員がすでに配置されていた。右管理職らは出荷作業のため先づ立入ることを必要とする右配電室に接近したところ、その前にいた組合員は直ちに集結し、その出入口の前に三重、四重に人垣を作り、その数米前方に説得員たる申請人佐藤が右管理職らを待ち構えていた。そこで右管理職らの代表格である鈴木生産課長が同人に対して出荷の意思を伝え建物機械類の占拠解除ならびに構内退去の要求をなしたところ、同人は「自己の一存では応じられない。支部で協議のうえ返答する」旨回答し、管理職らも右の返答を待つため一応右配電室前より引揚げた。その後八時三〇分から一四時頃までの間、右管理職は前後五回にわたり出荷作業のため右配電室前まで赴いたが、そこの支部組合員数に多少の増減があり、更には同室出入口扉前に前記の木製長椅子が置かれ、そこに数名の組合員が腰掛けていたほかは概ね右第一回と同様のピケ態勢がとられており、その都度鈴木生産課長と組合側説得員との間に、鈴木課長が右返答を要求し、また退去を要求したのに対して支部側では「まだ検討中であるが出荷は阻止する。」と返答し最後には「職場ピケは違法ではない。我々の職場を守るため出荷を阻止する」等の応答をなし、結局会社側は話合いによつて組合側を説得してこれを退去させることが出来ず、これ以上現地で右話合い、その実は押問答を繰返しても無駄であるし、実力行使も多勢に無勢で困難であると判断しついにこれを断念した。右のとおり会社側管理職による出荷は阻止せられたのであるが、しかし、右ピケの現場では全て会社側管理職と組合側説得員との間に相互に喧噪にわたらない状態での説得交渉、話合いのみがなされ、組合側説得員と背後のピケ隊員とは既定の方針どおり混同することなくある程度の距離を置き、直接組合員と会社側管理職とが接触して無駄な摩擦がおきないよう配慮され、従つて会社側管理職が直接ピケ隊を構成している各組合員に対応し、これに出荷意思を伝えてピケを解くよう要請し、あるいは実力でこれを押し分けても配電室に入ろうとした試みもなされず、一方組合側のピケ隊もスクラムを組んだり、説得交渉中の管理職らに対して野次暴言をしたり、発言したこともなく始終傍観しており、管理職らに直接接触し、これらを押し返す行動をとつたこともない。右交渉過程で午前一〇時三〇分頃、労使間の説得交渉が中断され管理職らの大半は現場から引き揚げ、組合員らも配電室前のピケ態勢を緩めてその附近に屯している時、同室から約一五米位離れた地点に現場把握のため残留していた二名の管理職のうち高良生産副課長が、右ピケ態勢の緩和をつき、同室出入口の扉をもつて「あけさせてくれんか、この鍵は合うかな」といいながら、同扉に近付いたところ、同所のピケ隊の責任者であつた牧支部斗争委員が右高良の前方横手より出て来て、同人の前方に手を出して「それは困る」といつてこれを遮るや、同人は直ちにこれを中止した。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
<3> 第二工場におけるピケ
成立に争いのない甲第三号証の一ないし四、証人片岡幹夫(後記措信しない部分を除く)、同菊池央、梶畑通男及び同伊東銓三の各証言、申請人後藤一十郎、同中津留照武及び同足立靖彦(いずれも第一回)の各本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実を認めることができる。
第二工場関係の下請業者が入門を阻止せられたことは第一工場におけると同様である。(一)、そこで会社側管理職五名のみで、午前七時三〇分頃野島包装所包装室に出荷のため赴いたのであるが、その途中の同室手前一五〇米附近で待機していた組合側の説得員である申請人足立と出合い、右管理職らの代表格である三戸工場次長が同人に対して出荷の意思を伝えたところ同人は支部としてはこれを阻止する旨を答え、更に連れ立つて右包装室に向つたが、同室一五米位手前の地点に来たとき同人の制止により管理職らは立止り、本件争議に応援に来ていた支部組合員以外のいわゆる社外応援団体約三〇名の労働者のうち弁護士も含めて五名位も足立に加わり、この地点で双方説得交渉が行われたのであるが、三戸次長は「本部の指示であるから出荷する。妨害行為は中止してくれ」等を話したのに対し、足立は「出荷を中止せよ。本社に具申して早く一時金の問題を解決するよういつてくれ、この先には組合員が大勢いるので先に行くと無用なトラブルも起りかねない。」等の発言をなし、更に右応援団体の中からも「スキヤツブだ。不法行為だ。」等の発言もなされ、結局管理職らはこの回はこれ以上話しても効果はないと判断し、八時二〇分ここを引揚げた。右交渉中同包装室南東側出入口前附近には二〇〇名位の組合員が配置されていたが、なんらの発言、行動もなさなかつた。(二)、ところで管理職らは、右のとおり交渉の大部分は社外の応援団体の人達(弁護士、県労評役員、社会党県議、市議等)の発言で占められ、支部の代表者自体と十分話すことができなかつたので、これら社外団体を排除しなければ支部を説得し、出荷を行うことが不可能であると判断し、かかる方針のもとに午前九時頃再び右と同様の場所まで赴いたところ、やはり前回と同じく足立及び社外応援団体の人達が待ち受けていたが、三戸次長は右方針に従つて足立に対し「支部の責任者と話したい」と申入れたところ、足立は自己が無視されたものとみて「自分を代表と認めないのか」といつてやや興奮し気色ばむ状況もあつたが、結局足立と交渉をもつことにし、同人に対し前回同様の発言、あるいは不法占拠だから退去してくれ等の要求をなしたがいずれも拒絶され、更には三戸次長が「出荷を強行すればどうするか」との質問に対し、足立は「やつてみますか」と暗に出荷を強行すれば、組合側もこれに対処すべき行動にでる決意あることを示し、更にまた今回の目的とした社外応援団体の排除も出来ず、前回同様これらからの発言も活発になされ、結局この回も話合いを断念して引き揚げた。(三)、そこで管理職らはこうなれば直接個々の組合員に呼びかけ、これらに対し説得を試みればあるいは納得してもらえて出荷が出来るかもしれないと判断し、午前一一時頃再び前回と同一地点に赴き、足立に対し「組合員に直接話したい」と申し入れたところ、同人はやや声を荒げ、「組合の組織を無視するのか、我々は組合の代表だ」といつてこれを拒絶したのでやむを得ず再度足立及び申請人中津留等と交渉を開始した(社外団体は交渉に入らなかつた)。ここで三戸次長は会社の窮状を訴え、他工場の出荷状況を質し、あるいは不法占拠だから退去してくれ等説得を試みたが、足立らは会社の経営不振は経営者の責任であり、他工場の状況は支部の得た情報の範囲内では出荷阻止されていること、職場占拠は適法であること等をもつて応答するなど三〇分にわたり交渉がなされたが、結局この回も管理職は話合いを断念して引揚げた。(四)、右第三回目の交渉がなされている間、右交渉のなされている地点から一五米位離れた場所に集結していた約一五〇名位の組合員は、社外応援団体の一員の指揮の下に四、五列の縦隊を組み、笛を吹き、ワツシヨイワツシヨイの掛声とともにジグザグデモをしながら駈足で移動して来て話合つている双方の交渉員(双方共各五名位)の周囲を取巻きその輪を縮めながら数回廻つた後停止し、その場で右交渉の状況を傍聴し始めたが、間もなく大半の組合員は日陰を求めて同所を離れ、残余の組合員のみが最後まで交渉を傍聴し続けた。右デモの間、組合員と交渉中の管理職らとの間には格別衝突等のトラブルも生じていない(尤も証人片岡幹夫は、この際背中をこすられ、前方に押された等の供述をなすが、前掲爾余の各証拠に照し容易に措信し難い)。更に右デモの間双方の話合いは間断なく継続せられ、デモ終了後も数分間続行された。(五)、続いて一二時三〇分頃もう一度管理職らは出荷のため右現場に車で赴いたが、足立は車の前方でこれを制止し、三戸次長が出荷につき支部が再考してくれて阻止態勢を解くよう要請したのに対してこれを拒絶し、その他数分間問答をなしたが、管理職らは説得を断念して引き揚げた。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
<4> 事業場協議会の拒絶及び出荷断念
成立に争いのない乙第三号証の一、証人西村茂人、同竹田文男(第一回)及び同古瀬真琴の各証言、申請人菅田泰介(第二回)、同後藤一十郎(第一回)及び同佐藤正人の各本人尋問の結果を綜合すれば、会社側管理職らは右数回の交渉の結果、両工場ともに現場における話合によつて出荷をすることは不可能と考え、さりとて実力を行使してまで出荷することはトラブルを起しかねないので決断しえず、結局残された唯一の方法として労務に関する色々な問題についての労使交渉の場として同工場に設置されている工場協議会を開催し、ここでの話合いによつて出荷をなんとか実行しようと判断し、当日一四時三〇分頃支部に対して右開催を申し出でたところ、支部は直ちに組合本部(拡大中央闘争委員会)に連絡し、同本部に拡大中央闘争委員として滞在していた申請人菅田から、これに対して「出荷をすることを前提とする開催要求であれば無意味であるから拒絶せよ」との指示もあり、右申出を拒否することに決めてその旨会社側に通告したため、右協議会も開催出来なかつた。
右のとおりの経緯により工場側管理職らは話合による出荷の余地もなくなりその他に対策がないと判断し、当日一六時三〇分に至りついに出荷を断念するに至つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(ハ) 本件争議の違法性に関する判断
(1) 職場占拠の違法性について
ストライキ中の労働者が、平常時はその職場である工場構内に入り込んで、会社側の退去要求を無視して工場構内に滞留したからといつて、直ちにこれが違法となるものではなく、その目的、態様、影響等諸般の事情を考慮してその違法性を判断すべきである。これを本件についてみるに、前段認定のとおり、本件スト当日会社側管理職が工場構内に入ることは何ら阻害されずに自由に入門できたし、また支部もこれまでも阻止する意図を有していたわけでない。組合員が占拠していたのは、いずれも会社の製品であるセメントの出荷作業所三ケ所に限られ、そのうち第一工場包装所配電室及び第二工場野島包装所の二ケ所の建屋はいずれも外部から施錠せられ、その鍵は会社側が保管しており、従つて右占拠も右両室出入口前の屋外で行われていたのであり、また残余の第一工場包装所包装室については、その建物は全く開放的な構築物でその出入を自由になしうる建物の構造上から、あるいは組合員が当日真夏の暑い日射しをさける必要からみても必ずしも通常の屋内占拠と同列には解されない状況にあつた。また占拠の態様をみても、本件占拠は早朝から平穏に開始せられ、前掲長椅子の存在もこれをもつて支部に実力行使による出荷阻止の意思の存在を推認することは困難で、また、かりにこれが出荷阻止に向けられた障害物として置かれていたとしても一跨ぎすれば容易に越しうるものであつたし、しかも支部自体の指示に基く設置と認めるべき証拠はないのであるから、右設置が本件争議の本質的部分とはいえず、その他支部が積極的に会社側の管理職による出荷を阻止するためバリケード等障害物となる構築物を設置したりなど会社側の就労を排除したわけではなく、その占拠の時間も、会社側が管理職らによる出荷意思を有していた当日の午前七時半頃から一六時半頃までの約九時間に限られたのであり、従つてその職場占拠も右出荷阻止に必要で且つ効果的な最少限度の地域に限定しており、出荷行動以外の会社側の行為に対しては、支部はこれに対し何らの妨害行為もなしてはいなかつたものである。また他方において本件労使間には本件争議につき、その開始前、工場の機械設備に関する保安協定がなされており、勿論支部において右機械等を破壊したり建屋の出入口を壊わして侵入したりしたこともない。右の事柄からみても本件職場占拠によつて会社の企業施設に対する管理権までも侵害し、排除したものと解することは出来ない。尤も右の占拠は会社側の操業の自由に背反する業務阻害の目的をもつてなされ、且つ現実に右阻害が生じ、会社の有する財産権の正常な運営支配が侵害され、会社に損害を生ぜしめたことにはなるが、争議時において会社の右業務の運営がある程度阻害されることは常態であり、かかる形態の争議行為が全て違法とせられるわけでなく、後記のとおり本件ピケツテイングも適法なものであるから、ロツクアウト宣告等特段の事情なき本件において、平常時は該組合員の職場であり、企業内組合の争議においては通常その争議の場とされる工場構内の一部において適法なピケの延長ともいうべき形態でなされた本件占拠をもつてこれを違法とするに当らない。右のとおりの本件の諸事情、ならびに本件争議の経緯等を併せ判断するとき、本件における程度の職場占拠は違法と解することはできない。
(2) ピケツテイングの違法性について
争議中会社側においてその在庫製品を自ら出荷することは、スキヤツブ協定違反等特別の事情なき限り、いわゆる使用者の操業の自由に属することとして禁じられるものではない。しかし、右出荷行為は争議中の労働者にとつて重大な影響をもたらすものであることは容易に推察しうるところであるから、労働者がこれを拱手傍観し、会社のなすにまかせなければならないものではない。労働者側はスト破りや組合切崩しなどに対処して団結を固め、右出荷によつて労働条件向上のための団体交渉が労働者に不利に展開する事態を招来することを防止するため、争議行為の補助的手段としてピケツテイングによる出荷阻止の手段に出ることは、これが例え右使用者の操業の自由をある程度侵害する結果になつても、それが暴行、脅迫等を手段とする実力行使による阻止行動ではなく、言論による説得及び団結の示威の範囲にとどまるものである限り許容せられるところであり、このことは争議権を規定した憲法二八条の趣旨に照しても明らかである。右言論による説得も単なる市民法的な言論の自由として把握すべきでもなく、また平穏な態様でなされなければならないものと解する必要もなく、その説得態様が労使関係として社会通念上相当とせられる範囲内のものである限り、労使間の利害相拮抗し、当然ある程度の緊迫した状況を醸成するのが常態である労働争議の場において、多少心理的威圧をもたらす言動があつたにしても、直ちにこれを正当な争議権の範囲逸脱と解することは出来ない。
ところで、本件においては、会社側はその生産出荷部門に属する管理職を主体として、その在庫製品たるセメントの出荷を遂行せんとしたのであるが、これに対する組合側の抵抗については、あくまでも組合側との話合によつてこれを排除して出荷を行う方針をとり、組合側が右話合により納得せず、ピケ態勢を解かないのに敢えて出荷作業に着手することは、トラブル回避のためもあつて当初から予定されていなかつたことであり、且つ現実にも右方法は実行されたわけではなく(一管理職による第一工場配電室出入口の開錠行為着手の事実はあるが、会社側の右方針より逸脱した偶発的局部的現象であつて、会社側の一連の行動に属するものとは解されない。)右話合いによる方針が終始貫ぬかれたのである。これに対し、組合側は出荷作業所出入口前に五〇名ないし二〇〇名の組合員を集結させて人垣をつくりこれを背景として数名の説得員の右会社側就労者に対する説得交渉によつてのみ右会社の出荷行為に対処し、これを阻止したのであつて、これら会社側就労者に対して暴行、脅迫その他不法な集団的威力を行使するなどの実力を行使したわけでないし、背後のピケをしている組合員も一度の円陣デモ(これが正当な団結の示威の範囲に留ること後述のとおりである)を除きスクラムを組んだり、野次暴言をはく等のこともなく傍観ないしは傍聴していたのであるから、組合側の本件ピケツテイングも言論による説得ならびに団結の示威の範囲を超えるものではない。組合側の一説得員たる足立が説得に際し、多少声を荒げ、威圧的言辞を発したとしても、これをもつて直ちに正当な言論による説得の範囲を逸脱したといえないこと前説示のとおりである。尤も、被申請人は、組合に対しては話合による以外、実力を行使して出荷に着手しても、当然暴力行為の発生などのトラブルなしにはその遂行は不可能な雰囲気でありその状況下にあつたもので、組合側の本件ピケは正当な限界を超えている旨主張し、証人片岡幹夫、同菊池央、同梶畑通男、同鈴木喜一郎及び同高良仁人ら会社の管理職である各証人らは、いずれも右に副う供述をなしており、これらの証言によれば、これら管理職らは右出荷困難との状況認識をもつたものであることが窺われる(但し、会社側が実力行使による出荷まで行う意思がなかつたこと前判示のとおりである)が、労働者が集団の力を誇示し、団結の力によつて会社側の業務遂行を阻止する決意あることを示すことはそれが許容される限度内のものである限り、争議における集団的行動それ自体に当然伴うことがらであり、これによつて会社側就労者に多少の心理的圧迫感を与え、その自由意思にある程度の抑圧を加えた結果をもたらしたとしても、これは正に集団による説得活動の一顕現であつて労働者に争議権を認めている法体系の下においては何ら非難するに当らない。本件においては前判示のとおり組合側は当初から少くとも実力を行使してまで本件出荷を阻止する方針があつたわけではなく、会社側が最終的に実力行使に出でて出荷を強行することになれば、これを容認すべきことを認識していたことは本件争議の目的、その背景その他前判示の事実等により推認しうるところでもあるが、この点はさておき、右にみたとおり会社側は組合側のピケ排除方法として、あくまで話合いによつて納得してもらおうとしたに留り、現実に実力行使して出荷作業に着手したわけではないから、組合側が本件出荷阻止のために最終的には実力行使による阻止という手段を予定し、かかる決意をなしていたか否かは、その真意顕現の状況下に至らない段階でことが終了しているため、結局は明確化しなかつたことになるわけである。そうすると本件において組合側に実力によつても絶対阻止するとの右決意があつたかどうかは、会社側就労者(管理職)の主観的判断による認識を除けば、(1)、出荷作業所の一つの出入口前に長椅子が置かれた事実、(2)、団体交渉の場である工場協議会において出荷につき話合にて解決しようとの意図のもとに会社側から提案された右協議会開催の申入に対する拒絶および(3)、説得交渉中の労使の代表者を取巻いてなされた円陣デモの存在等の客観的事実から推認する以外には、これを肯定するに足りる疎明はない。そこで、右に掲げた客観的事実についてみるに、先ず(1)の長椅子の件については、前説示のとおり、その椅子の構造、会社側の出荷着手時以外の時の休憩用という使用目的(これが当初の、しかも主たる目的と考えられる。出荷阻止体勢にこれがたまたま利用されたものと解するのが事態に測している。)の存在、及び他の場所のピケの体勢からみても右設置が支部の指示に基くものとは理解されないこと等からみても未だ右長椅子の存在をもつて組合側に積極的に実力による出荷阻止行動をなす意図があつたものと認めるに不十分であるし、次に、円陣デモの件についても、これがある程度交渉中の会社側就労者に対して心理的圧迫をねらつたものと考えられるが、出荷作業それ自体に直接に向けられたものではなく、盛夏のため緊張感を喪失していた一般組合員の意気高揚も合せて、団結力を示威したに留り、右デモを利用して不法な有形力の行使や脅迫的挙動を示したわけではなく、デモの間も労使の交渉は間断なく継続せられ、何んらこれに対する障害となつたものではない。結局適法な団結の示威の範囲を出でるものとは解されない。更にまた工場協議会拒否の点についても、会社側が現地のピケ隊に対する話合による出荷が不可能と判断した時点において残された唯一の話合による解決方法たる右協議会の開催要求の拒絶であるから、これによると組合側に双方の話合でことを解決しようとする意図がなかつたものと窺われなくはなく、また争議においては労使双方出来る限りの手段を尽して事態解決に最善の努力をなすべきこと勿論のこととしても、組合側は右協議会を開いても結局は押問答に始終するであろうし、何の解決にもならず、その努力も徒労に終るであろうとの認識の下にこれを拒絶したというのであり、しかもそれは組合側の出荷阻止の決意の強固さを示すものとはいえても、直ちに実力を用いてでも出荷作業を阻止しようとする意図の存在まで推認することには飛躍があるであろう。右各事実を綜合して判断しても組合側の実力阻止の意図は認められない。会社側就労者がその主観的判断において右組合の実力阻止の意図があると思い込んだとしても、争議においては労使間にある程度の駆引きが伴うことは常のことであり、具体的状況に応じ如何なる行動をとり如何なる程度に強い争議意思を示すかは、それが不法な実力行使をも辞さない姿勢を示し、あるいは脅迫的言辞を弄するものでない限り、ことは戦術に属する事柄であり、これをもつて不当視するにあたらない。
従つて、本件ピケツテイングについてもそれが言論による説得ないしは団結の示威の範囲を出でないものと解されるから、これをもつて違法とすることはできない。
(ニ) 以上のとおり本件出荷阻止に関する争議行為は違法と認めるべき証拠がないから、申請人らは被申請人が指摘する就業規則第五八条第五号、第八号及び第九号に該当する者ということは出来ない。
(三) ところで労使関係においては市民法的な法理としての「解雇の自由」が是認されるが、一方懲戒解雇は使用者が企業経営者として有する懲戒権の発動としてなされるものであり且つ労働者にとつては通常の解雇以上の不利益を随伴するものであるが、このような性質を有する懲戒解雇をなしうる場合としてその事由が就業規則に列挙して定められているのみならず、労使間において右就業規則の解雇事由を採り入れて解雇は就業規則の定めに従う旨の労働協約をなしている場合には、通常右条項の内容たる解雇基準に該当する事由が客観的に存在する場合でなければ労働者を懲戒解雇処分にしない趣旨として懲戒権を制限したものと解すべきであり、従つて右「解雇の自由」の法理も右に抵触する限度において制約せられるものと解すべきである。従つて、解雇者たる使用者が当該労働者との雇傭関係終了の原因として、該就業規則ないし労働協約の適用による懲戒解雇を主張する場合には、通常解雇による場合のように、単に解雇の意思表示をなした事実の主張、立証のみならず、更に進んでその適用を主張する就業規則等に該当する事実の存在ならびにその適用の客観的妥当性についてまでも、これを主張、立証すべき責任あるものと解するのが相当である。
そうすると、被申請人の申請人らに対する本件解雇については、成立に争いのない乙第三号証の一(基本労働協約書)によれば、本件労使間には解雇は就業規則に定めるところによる旨の労働協約が存在する一方、申請人らに被申請人が主張する就業規則の条項に該当する事由の存在が立証されないのであるから、被申請人の本件雇傭関係終了の主張はいずれも理由がないことに帰する。従つてこの点に関するその余の申請人の主張については判断するまでもなく、申請人らはいずれも被申請人会社の従業員たる地位を現在まで保持し続けているものといわねばならない。
第三、仮処分の必要性
以上のとおりであるとすると、申請人らは被申請人の解雇通知にかかわりなく終始被申請人会社の従業員として、所定の賃金を受ける権利を有する。ところで、申請人らの本件解雇当時の賃金額及び賃金未払の始期はそれぞれ別表「賃金」及び「未払の始期」の各欄記載のとおりであり、且つ被申請人会社の賃金支給日時が各月の二五日であることについては当事者間に争いのないところであるから、右事実によれば本件解雇がなされなければ申請人らが受くべき毎月の賃金総額も右の賃金額を下らない額であることが推認される。
そこで本件仮処分の必要性につき判断するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六、申請人菅田泰介(第二回)、同中津留照武(第二回)及び同佐藤正人の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、申請人菅田については本件解雇当時から現在に至るまで組合専従者として組合から賃金の支給を受けているのであるが、右専従者の任期は一ケ年であつて、いつ再任されなくなるかもわからない立場にあり、その余の申請人らは、本件解雇当時組合専従者であつた者(佐藤、中津留)あるいは県会議員であつたため休職中であつた者(足立)もあるが、それらはいずれもその後右地位を喪失し、現在は被申請人会社の従業員としてその賃金で生活を維持する以外にない労働者であつて、右賃金収入がないため組合その他からの借入金で生活していること、尤も申請人後藤については解雇当時から現在に至るまで津久見市の市会議員をも兼ねており、右議員の歳費として毎月金三〇、〇〇〇円の収入を得ておるが、右収入の約半分は議員としての必要経費に費消されていること、菅田及び後藤を除き、その余の申請人らはいずれも他に就職をしておらず殆んど無収入であること、足立及び菅田は現在まで被申請人会社の社宅に入つているが、本件解雇通知と同時に右社宅の明渡要求をされていること、従業員たることによつて当然受益しうべき各種の社会保険ないしは会社の福利厚生施設等の利用ができなくなつたこと、申請人らはいずれも現在も組合津久見支部の幹部役員であるが、被申請人らはこれらに対し本件解雇に伴い従業員でないことを理由に団体交渉及び支部の集会の場合に第一、第二工場内の特定の三ケ所以外の場所に立入ることを禁止するので、組合幹部としてなすべき組合員の作業状況、労働条件等の点検等が出来ず、その組合運動が著しく制約を受けていること、特に本件解雇後組合津久見支部は分裂して新組合が誕生し、新組合の支部組合員に対する勧誘等が頻繁になされ、組合員数が四分の一近くまで減少をみており、支部にとつてはその創設以来の危路に直面した重大な時期であること等の事実が認められる。右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、労働者たる申請人らは本件解雇に伴いその生計維持の上にも、組合活動上にも、あるいは従業員として受けるべき物質的精神的諸利益においても各種の損失を受けているのであるから、本判決確定に至るまで被申請人会社から従業員として取扱われず賃金も受給しえないとすれば回復し難い損害を蒙ること明らかである。
ところで、申請人らが本申請において請求する各月の賃金額はいずれも本件解雇当時の金額であつて、当然存在するものとみられるその後の昇給部分を含んでおらず、また右金額は一般労働者の一ケ月の生計費に比して決して余裕ある額とはいえない。従つて、既往の生活費等の出費を補い、将来の生計を維持していくためには、申請人中津留、同足立及び同佐藤にあつては別表「賃金」欄記載の各金額を、申請人後藤については市会議員の歳費として毎月受ける金三〇、〇〇〇円の金額のうちから、その半額を必要経費として控除した残余の金一五、〇〇〇円が同人の自由に使途しうべき金額であると判断し、同人の別表記載の賃金額から右金一五、〇〇〇円を控除した金額を、当事者間に争いなき賃金未払の始期たる別表「未払の始期」欄記載の各日時以降毎月支払を受ける必要性あるものと認められる。
第四、結論
よつて、申請人らの本件申請のうち従業員たる地位を仮りに定める申請部分については全て理由があり、また金員の支払を求める部分については、別表「未払の始期」欄記載の各日時以降本案判決確定に至るまで、一ケ月につき同「賃金」欄記載の各金額(但し、後藤については同記載の金額より一五、〇〇〇円を控除した額)の割合による金員を、既往の分については一括して直ちに、その余の部分については各月毎にその月の二五日限りに、各支払を求める限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余を却下し、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三好徳郎 島信幸 川本隆)
(別表)
申請人氏名
賃金(円)
未払の始期
中津留照武
五四、一一〇
昭和四一年一〇月一日
後藤一十郎
五〇、七六〇
昭和四〇年九月三日
佐藤正人
三〇、七〇〇
昭和四一年一〇月一日
足立靖彦
四四、八四〇
昭和四二年五月七日